忍者ブログ
初めての方はカテゴリから説明へどうぞ。 古い小説から最近のまでおいてあります。 古いのはなんだか恥ずかしいのでいつ消すかわかりません。



[21]  [20]  [19]  [18]  [17]  [16]  [15]  [14]  [13]  [12]  [11
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

『景吾はピアノが上手なんやね』

『ガキの頃からやってるからな』

黒く光るグランドピアノの前に座るのは、自分の主人。
そして自分の恋人だ。
昨夜結ばれたばかりの恋人。

奏でる曲は、平均律の第一番。
その上で景吾が歌うアヴェマリア。
朝の静かな屋敷に響く歌声と、ピアノの音と。誰もが聞き惚れていた。
景吾の存在すら消えかけていた屋敷中に、それは響いた。

『目ェ見えへんのに、弾けるん?』

『音が聞こえなくても指揮を振っていた偉大な作曲家だっている。俺は音が聴けるだけまだ救われてる』

諦めや、自嘲ではなかった。
ただそこにある事実を、現実を否定も公定もせずあるがまま受け入れた言葉だった。
景吾の話す様子に、忍足は無意識の安堵を覚えていた。

『お前にこの曲を』

一定の動きを辿っていた指が止まり音が止み、景吾が言った。
これは愛の曲。

波のように上下する音達の上、流れるような旋律が歌う。
時に激しく、優しく、美しい形で動きながら、少しずつ色の変わる曲。
美しいそれは、男が、美しい想い人を描き溜息をつくような。

『お前の顔を見たいとか、いつだって思うんだ』

ピアノを奏でながら、景吾が話す。

『けど、どんなに頑張ったところでそれは見えやしない。でも、何も見えないから、俺とお前がこうして結ばれたなら』

曲が静かに終わる。

『光を失った事を、俺は不幸だとは思わない』

そして二人の愛の歌が始まる。


頼りないと思っていた。今だって目の見えない彼は頼りない。
しかしこうして力強く言ってみせる姿に、あぁ、やはり彼を好きだと、忍足は感じる。
愛しい気持ちに胸がいっぱいになり、忍足は椅子に座る景吾を後ろから抱き締めた。
抱き締める腕が、頬にかかる息が、震えていた。
恋人が泣いている、それはすぐにわかった。
そしてそれが、決して悲しい涙でないことも。

『愛してる、景吾、愛してる…』

『俺も、愛してる。この言葉を自分の耳で聞けるんだ、それだけで俺は幸せなんだ』

壁の向こう側で聞いていた景吾の父も、もはや何も言えなかった。
何物にも優る愛が、そこにあった。


――――光を失えたから


やっとおしまい
PR
この記事にコメントする
Name
Title
Color
Adress
URL
Comment
Pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
03 2025/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
フリーエリア
最新コメント
[07/01 碧]
[06/16 シホ]
[06/10 ちひろママン]
[06/08 碧]
[06/06 碧]
最新記事
(07/20)
(07/20)
(07/20)
(07/20)
(07/20)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
詩子
年齢:
37
性別:
女性
誕生日:
1987/08/13
職業:
学生
趣味:
買い物・音楽鑑賞
自己紹介:
小説や日記、小ネタ等を投下していくヲタクなブログです。サイトの代わりに運営しているのでコメントやメッセージは大歓迎です。
リンクについては同人サイト様につきフリー。報告や連絡いただければそちらにも遊びにいきます♪
コメントするのが嫌だわ、というシャイなお嬢さんは(笑)
utagawa_hikaru☆hotmail.com
(☆を@に変えてくださいね)
こちらまでご連絡ください!

ジャンルはサイトをやっていた頃とほとんど変わりませんが…
テニス(忍受け、跡受けなど)
サガフロ(いろいろ)
もしかしたらアイシ(阿雲)
オリジ(気が向けば)
…こんな感じです。
同志様は是非仲良くしてください!

何かありましたらお気軽にご連絡を。
バーコード
ブログ内検索
アクセス解析
忍者ブログ   [PR]